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広島高等裁判所 昭和59年(ネ)103号 判決

控訴人(原告)

上田哲治

被控訴人(被告)

河野省士

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

一  当事者双方の求めた裁判

控訴人は「原判決を次のとおり変更する。被控訴人は控訴人に対し、金四二六万九四九一円及び内金三七六万九四九一円に対する昭和五六年六月一三日から支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。控訴費用は第一、二審と被控訴人の負担とする。」旨の判決並びに仮執行の宣言を求め、被控訴人は主文同旨の判決を求めた。

二  当事者双方の事実に関する主張は、次のとおり附加、訂正するほか、原判決事実摘示のとおりであるから、これをここに引用する。

原判決三枚目表一行目終りに続いて「(以下「本件事故」という。)」を、同五枚目表三行目「歩いていたが、」の次に「本件事故現場は信号機の設置されていない横断歩道上であるから、歩行者がその横断歩道を横断しようとする場合左右の交通の安全を確認した上で横断をすべき注意義務があるところ、」を、同七行目終りに続いて「右控訴人の過失割合は少なくとも四割程度である。」を、同裏一行目終りに続き「被控訴人は昭和五九年三月三〇日控訴人に対し、原判決主文どおり計算した元金及び遅延損害金合計一八六万二六四二円を任意に支払つた。」を加え、同裏三行目「横断歩道」から同四行目終りまでを次のとおり改める。

「控訴人は横断歩道に入る直前に煙草に火をつける行為をしているもので、立ち止まることなく突然足を横断歩道に踏み入れたものではない。また、本件事故現場附近は特に時速二〇キロメートルという低速運転が義務づけられているのに被控訴人はこれをさらに一〇キロメートル越えた時速三〇キロメートルで運転進行し、しかも歩行者の安全が最も尊重されるべき横断歩道上の事故であるから、本件事故の責任は被控訴人のみにあり、控訴人には何ら事故回避義務の違反がなく、過失相殺の余地はない。」

同五枚目裏七行目終りに「控訴人が昭和五九年三月三〇日被控訴人からその主張のような金員を任意に弁済されたことは認める。」を加える。

三  証拠関係は、本件記録中の原審及び当審における書証目録、証人等目録記載のとおりであるから、これをここに引用する。

理由

一  本件事故の発生、被控訴人の運行供用者責任、控訴人の被つた損害額、原審口頭弁論終結時までの損害の填補については、次のとおり附加訂正するほか原判決理由記載のとおりであるからこれをここに引用する。

原判決六枚目裏一〇行目「原告」を「原審及び当審控訴人」と、同八枚目裏一〇行目「そこで、」から同九枚目裏三行目終りまでを次のとおり改める。

「前記甲第三号証、乙第一一、第一二、第一四号証、原審及び当審における控訴人、被控訴人各本人尋問の結果を総合すると、次の事実が認められる。

本件事故当時降雨中であつたため、控訴人は右手で雨傘を差し左手で手提かばんを持つて(または抱えて)歩行し、信号機の設置されていない本件事故のあつた横断歩道の手前で、横断のため左右を見たところ、南方から被控訴人車が北進しているのに気づいたが、かなりの距離があつたので歩道(一段高い)端附近に横断歩道に向つて立ち止まり、右のように右手に傘を持ち左手にかばんをかかえながらライターを取り出して煙草に火をつけた後、左右の交通の安全を確認しなくても安全に横断できるものと考えその確認をしないまま、横断歩道上を横断し始め、約一・三メートル歩いたとき被控訴人車左前方フエンダー附近に控訴人の腰部を接触し、本件事故を起した。

以上のとおり認められる。もつとも、乙第一二号証(控訴人の供述調書)には、横断前に一度左右を見たことについて述べていないが、原審控訴人本人尋問の結果では事故のシヨツクで思い出せなかつたと述べており、これと対比すると右認定を妨げるものではなく、他に右認定を左右する証拠がない。

横断歩道であつても信号機の設備のない場合歩行者は左右の交通の安全を確認して横断すべき注意義務(事故を回避するための)があることは多言を要しない。右事実によると、控訴人は一旦横断歩道の手前で左右を見て被控訴人車がやや離れた南方から北進中であり直ちに横断すれば安全に横断できた状態であり、その時点では控訴人は右注意義務を果したといえないわけではない。しかし、控訴人はその直後に歩道端に横断歩道に向つて立ち止まり、右手に傘を持ち、左手でかばんをかかえながらライターを取り出して、煙草に火をつけたというのであるから、通常の場合よりも若干手間取つたことが考えられ、その時間的経過により、被控訴人車がさらに近づきもはや安全には横断できない状態になつていたことが十分に予測できたものといえるから、控訴人が横断し始めるときには、すでに、歩道に立ち止まる以前にした左右の交通の安全の確認では不十分で、さらにもう一度左右の交通の安全を確認した後に横断を始めるべき注意義務があつたものというべきである。しかるに、控訴人は歩道に立ち止まる前にした左右の交通の安全の確認だけで安全に横断できるものと軽信し、あらためて左右の交通の安全を確認しないまま横断し始めた過失があり、それが本件事故の一因となつているものといわざるをえない。本件事故についての控訴人、被控訴人双方の過失の態様、程度を比較し検討すると、控訴人の過失割合は一〇パーセントとみるのが相当で、これを損害額算定につき考慮すべきものである。」

二  以上のとおりで、原審口頭弁論終結時点では被控訴人は控訴人に対し、本件事故による損害賠償として、一六五万二三六二円及び内金一五〇万二三六二円に対する本件事故後の昭和五六年六月一三日から支払済に至るまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払義務があつたところ、被控訴人が昭和五九年三月三〇日控訴人に対し、右と同一額の元金及び遅延損害金合計一八六万二六四二円を任意に支払つたことが当事者間に争いがないから、被控訴人の前記損害賠償請求権は右弁済により全部消滅したものである。よつて、控訴人の本訴請求は、すべて失当に帰し棄却を免れず、これと異なる原判決は失当であるが、被控訴人から附帯控訴がないので、本件控訴を棄却するのに止めることとし、控訴費用の負担につき、民事訴訟法九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 竹村壽 高木積夫 池田克俊)

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